2018年9月3日月曜日

中国語【株式会社エッセ・社長の400字エッセイ】

20代後半に約一年半、台湾師範大学で中国語を学んだ。

中国には民族ごと50もの方言があり、我々が中国語と呼ぶのはその一つである北京語が基準となっている。蒋介石の国民党政権・中華民国が北京語を基に標準語を制定し中国全土の国語としたため、後に国民党が逃れて掌握した台湾も、発音、漢字など多少の違いを除いて大陸の中華人民共和国と同じ言語だ。

中国語には意味を区別する音の上げ下げ、「声調」があり、我々外国人が中国語を学ぶ時、最初にぶつかる大きな壁だ。中国人はそれを意識せずに、日常生活の中で自然に身につけていくらしい。しかし日本語にも我々が意識しない音の区別がある。例えば牡蠣と柿。牡蠣は高い音の「か」と低い「き」。柿は低い「か」と低い「き」。しかし牡蠣の次にフライをつけた「牡蠣フライ」の牡蠣は、柿と同じ音になる。日本人なら皆、誰から教わることも無く自然に身についている。
それから「n」と「ng」。我々が使う「ん」には、無意識に舌を上あごに付ける「案内」の「n」と、付けない「案外」の「ng」があり、中国語はこれを明確に区別している。

外国語を学ぶと、逆に日本語ほど難しい言語は無いのではとつくづく思ってしまう。
21世紀、重要視される唯一のスキルは、新しいものを学ぶスキル。それ以外はすべて時間とともに廃れていく(P.F.ドラッカー)。教養人とは勉強し続ける人間だそうだ。